岡倉天心『茶の本』の思想 – 日本の美の伝道師が現代デザインに与えた影響

デザイン連載、「佐藤昭太の教養としてのデザイン史」では、
弊社アートディレクターの佐藤が、"デザインに関わる人が知っておきたい歴史"をお伝えしていきます。
第2回目のテーマは、美の伝道師:岡倉天心。日本の伝統的な美意識を西洋に紹介した人物です。
今回は、彼の思想と後世に与えた影響について詳しく探っていきましょう。
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岡倉天心(おかくら てんしん)は、著書『茶の本』において、茶道を通じて日本の美意識を西洋に広めました。今回は、岡倉天心の思想がどのようにして、バウハウスやAppleといった後世のデザインに影響を与えたのかを見ていきます。

岡倉天心とは?『茶の本』の背景

岡倉天心は、幕末の日本に生まれ、明治時代に活躍した美術史家です。東京美術学校(現在の東京藝術大学)の創設に尽力し、後にボストン美術館で東洋美術部の部長を務めるなど、日本文化を西洋に紹介することに力を注ぎました。

西洋化が急速に進む日本で、岡倉は日本の伝統美を守る必要性を強く感じました。1906年、彼は日本の美意識を西洋に伝えるために英語で『茶の本』を執筆し、茶道を通じて「静けさ」「簡素さ」「自然との調和」といった日本独自の価値観を紹介しました。この思想は、後にバウハウスやAppleといった西洋のデザインにも影響を与えることになります。

機能美とバウハウスへの影響

岡倉天心が『茶の本』で述べた「機能美」の概念は、茶道具がその機能に基づく美しさを持つという考えです。形が機能に従うことで無駄がなく、自然な美が生まれるというこの考え方は、後のバウハウスの理念と深く共鳴しています。

バウハウスでは、「Form follows function」(形態は機能に従う)というデザイン哲学が基本となり、装飾を排し、実用性に優れたシンプルなデザインを追求しました。これは、岡倉が茶道具や茶室のデザインに見た「機能美」と一致しています。

具体例:バウハウスのデザイン

例えば、バウハウスのデザイナー、マルセル・ブロイヤーの「ヴァシリーチェア」は、シンプルな形状でありながら、機能性に優れたデザインです。また、建築家ミース・ファン・デル・ローエの「Less is more(少ないことは豊かなことだ)」という言葉も、岡倉が説いた茶室のシンプルさと重なります。

侘び寂びとスティーブ・ジョブズへの影響

岡倉天心が『茶の本』で強調したもう一つの美意識が「侘び寂び」。不完全なものや儚さの中に美を見出す日本独特の美学です。

Appleのスティーブ・ジョブズは、この侘び寂びの精神に強い影響を受けた一人です。彼は禅や茶道に深く触れ、シンプルさや無駄を排したデザイン哲学をAppleの製品に反映させました。iPhoneやMacは、無駄を排し、機能性を追求することで美しさを生み出しています。これはまさに、岡倉が『茶の本』で述べた「装飾を排して本質を引き出す美」と同じ考え方です。

ミニマリズムとジョン・ポーソンへの影響

茶室は、日本のミニマリズムの象徴とも言える空間です。『茶の本』でも、岡倉天心は「茶室はあらゆる余計な装飾を排し、静けさと調和の象徴である」と述べています。この思想は、後のミニマリズム運動や建築家ジョン・ポーソンのデザインにも影響を与えました。

ジョン・ポーソンは、空間の中で物の本質を引き立て、装飾を最小限に抑えたデザインを特徴としています。彼の建築作品はシンプルで静寂が強調されており、まさに岡倉が茶室のデザインで表現した美学に通じるものがあります。

東洋と西洋の融合

岡倉天心の『茶の本』は、東洋と西洋の美意識をつなぐ架け橋となりました。バウハウスやAppleのような西洋のデザイナーたちは、岡倉が説いた静けさ、簡素さ、機能美の思想を取り入れることで、互いの文化に新たな視点をもたらしました。

また、隈研吾の建築やジョージ・ナカシマの家具デザインにも、岡倉の思想が影響を与えています。彼らは自然素材と機能美を融合させ、侘び寂びやミニマリズムの要素を取り入れたデザインを展開しています。岡倉天心の美学は、現代のデザイン界にも確かに息づいているのです。

まとめ

岡倉天心の『茶の本』は、侘び寂び、ミニマリズム、機能美といった日本の美意識を西洋に伝え、バウハウスやAppleのスティーブ・ジョブズにまで大きな影響を与えました。日本の茶道を通じて表現されたこの美学は、今なお世界のデザインにおいて重要な役割を果たしています。

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