「自分だけがわかっているが世の中にないものがあるとき」 にものづくりがはじまる — D2Cブランドobjcts.ioのものづくり
こんにちは。アートディレクターの佐藤です。
去る11月30日、『“objcts” & thoughts Takramと語るプロトタイピングとコンテクストデザイン』に参加してきました。
objcts.ioさんのPop-Up Store 兼 Community Workspaceで行われたこちらのイベント。ワークショップあり、パネルディスカッションありで様々な学びを得られたイベントだったので、みなさんにも共有できればと思います。
目次
デザインイノベーションファームTakramの渡邉氏、緒方氏とobjcts.io角森氏が登壇
渡邉康太郎氏(Takram)
デザインイノベーションファーム Takramのコンテクストデザイナー/マネージングパートナー。慶應大学SFC特別招聘教授であり、J-WAVEラジオ番組『Takram Radio』のナビゲーターもつとめられています。一人ひとりの小さな「ものがたり」が生まれるような「ものづくり」の取り組みとして、コンテクストデザインを提唱されており多方面で活躍されています。
→ 渡邉氏Twitter
緒方壽人氏(Takram)
Takramのディレクター/デザインエンジニアをされています。理解と創造性の関係について考えるnote連載『わかるとつくる』では、世界の見方に揺さぶりをかける深い考察で、読者に様々な問いを投げかけられています。
→ 緒方氏Twitter
角森智至氏(objcts.io)
イノベーターのためのレザーブランド objcts.io の製品開発責任者 兼 プロダクトデザイナー。ハイブランドにも通じる上質な佇まいと機能性を両立したプロダクトデザインをされています。
→ 角森氏Twitter
ものづくりとプロトタイピング
最初にデザイナーの角森氏から、objcts.ioのものづくりについて紹介がありました。
- イノベーターの感性を刺激すること。イノベーターは社会への影響力があるので、それが間接的に社会に影響与えることに繋がるのではという思いがある。
- 職人さんに渡すデザインの設計図は実寸で書いている。職人さんのコメントが赤ペンで入り、コミュニケーションの跡が残っている。
- 商品開発は、プロトタイピングの手法で行っている。
- Smart Tote(トートバッグ)のプロトタイプは2年ほどかけて約10点つくった。店頭にディスプレイがあるのはうち4点。
- 最初の1年はうまくいかなかったが、明確なペルソナ(Takramの佐々木さん)を設定してから一気に進めやすくなった。それからさらに1年ほどで発売へ。
Takram の緒方氏からは、プロトタイピングの持つ意味についてのお話がありました。
- わかるとつくるを繰り返すことでものが良くなっていく。それがプロトタイピング。
- まずつくることで、気づきがある。
- プロダクトにはHowとWhyの両方が入っている。
- Why(理由)は、「自分だけがわかっているが世の中にないものがあるとき」 にものづくりがはじまる。
- How(方法)は、作ってみるとわかる。
- Whyについて、こうあってほしいというイメージと現実に不一致があったとき、ものをつくる。
- 不一致について、安易に自分を修正するのではなく違和感を大事にすること。それをできる人がものづくりする。
角森氏からは、気づきを得られる取り組みとして、ダイソンのアタッチメント収納ケースのお話が挙がりました。
- このプロダクトをつくった理由は、尖ったものをつくることで新たな発見があるから。
- その気づきは通常のプロダクトにも活かせる。
- 類似の取り組みとして、Mavic Air Bag(ドローンのためのバッグ)の芯材構造は、トートバッグにも活かしてる。
- 尖った取り組みと通常プロダクトの取り組みをふりこのように行うことで、ものづくりのクオリティが上がっていく。
- コンセプトプロダクトをつくる取り組みは土屋鞄時代から。
一人ひとりのバッグとコンテクストデザイン
Takram 渡邉氏から、一人ひとりの「ものがたり」に触れられる本としておすすめの3冊が紹介されました。
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』ポール・オースター著
小説家が、アメリカの生活者のリアルな物語を選んで紹介。現実の出来事の中に素敵な物語がある。
https://www.amazon.co.jp/dp/4102451110/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_bbO6DbF6GHAWM
『捨てられないTシャツ』 都築響一著
70人のTシャツにまつわるエピソードをまとめた一冊。有名無名問わず、ストーリーのみで名前は伏せているのがポイント。
https://www.amazon.co.jp/dp/4480876227/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_NbO6Db2DS8K0K
『Worn Stories』エミリー・スピヴァック著
着古された服にまつわるストーリー。アーティストやデザイナーなど60人以上の人たちに 「大事にしている1枚の服」についての話を聞いて紹介している。
https://www.amazon.co.jp/dp/1616892765/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_acO6Db3HBY3Z9
- n=1のためのプロダクトというプロジェクトに挑戦して欲しい。
- 自分専用のこれがほしい、はその人自身を物語る。
- そこからなにを得られるかはわからないが、到達しない世界に到達するのでは。
- 作り手が知らなかったバッグの新しい意味が発掘されるのではないか。
当日は、「objcts.ioに作って欲しいモノ」というテーマでイベント参加者全員でブレストを行い、個々人のライフスタイルや価値観が反映された多様なアイデアが共有されました。
質疑応答:ユーザーインタビューの方法は?
ユーザーインタビューの方法についての質問では、角森氏から質問項目を限定しすぎず、インタビュイーのライフスタイルも含めて解釈していることなどの回答がありました。
objcts.io 角森氏
- 機能と審美性について聞く。
- 質問項目を限定するとその枠の中での答えしか出てこないので、会話の中で聞く。
- インタビュイーのワークスタイルやライフスタイルをふまえて解釈する。
- プロトタイピングを経てGoの判断基準は、抽象的ではあるが「かっこいいかどうか」。便利なだけでなく、美しくないと変革はもたらさないので。
質疑応答:日常で気づきを得るための方法は?
ものづくりの起点となりうる日常での気づきを得る方法については、3氏からご自身で普段意識されていることが紹介されました。
objcts.io 角森氏
- いいものに触れること。
- Webで知った気にならないで、ものに触れて体験を蓄積する。例えば、セリーヌのような上品な佇まいを持ちつつも機能的なものを作りたいので、セリーヌの製品を持つ。
Takram 緒方氏
- 考え方や概念についての解像度を上げるため、あるものとあるものの境界は何か?を考えていく。
- 例えば、人間と人間じゃないもの(進化したAIなど)の違いは何か?など。そこに新しい発想、気づきがある
Takram 渡邉氏
- 一見、自明に見える境界について考える
- たくさんある要素の一つだけを変えると発見がある。
- 茶道では、沸騰の音(松風)が消える静寂の瞬間によって、それまで鳴っていた音の存在に気づく
- それを再発見するためには茶室のような改まった空間が必要。環境を変えると見え方が変わる。
- 同じ映画を違う人と見るなど、そうした揺さぶりを意識的に行う。
まとめ
objcts.io の世界観が表現された空間で、ものづくりのアプローチをプロトタイピングとコンテクストデザインという切り口から考えられた貴重な体験でした。
最近、商品それ自体と背景コンテンツの関係について考える機会があるのですが、今後さらに後者の重要性が増していくであろうことを確信しました。
尖ったものをつくることはそれ自体、ブランドにとってのコンテクストにもなるということ。
ダイソンをスマートに使うイノベーターをターゲットにしています、と言葉で言うのではなく、ダイソンアタッチメントケースというプロダクトがあることの強さがあり、それによってブランドのキャラクターがより明確になるように思います。
また「自明に見える境界について考える」ことは、原研哉氏のEx-formation(未知化するコミュニケーション)にもリンクしているように感じました。お皿とボウルの境界はどこにあるのだろう?と考えた時、お皿とボウルが何なのかよくわからなくなる感覚は、認識の後退ではなくデザインの世界の奥行に一歩深く入り込んだ証拠である、という言葉を思い出し、ものづくりの奥深さと面白さに改めて触れる良い機会となりました。
おすすめ記事:
→ 日本文化の伝統に在る余白について